夜勤中、勤続15年弱の後輩が顔を見せて
「今月いっぱいでやめることになりました。ありがとうございました」
頭を下げた。突然のことだった。
「ここにきて、なんで辞めんの」
「…………」
「言いたくなかったらいいけど」
「いや…」
彼はかつて、数年間に亘ってみんなに意地悪をされた。嫌われていた。事あるごとにナース、上司に詰められ、罵倒され、仲間外れにされ、陰口を叩かれた。公平に言えば、本人にも問題はあった。人の言うことは聞かないし、文句が多いし、態度は悪いし、自分に非があってもキレるし、決して謝らないし、どさくさに紛れて美人職員の手や肩に触れる。ただ、彼はどんなに攻撃されても、欠勤することはなかった。ある日
「資格もあるし、他で働く気はないの」
言ってみたら彼は
「このまま辞めたら悔しいじゃないですか」
笑った。そのメンタルの強さは尊敬に値した。そんな彼が
「最近、出勤すると、イジメられてたことを思い出すんです。この仕事をしてたときはあんなことをされたなとか、こんなことを言われたなとか、そんときの映像がパッと浮かんでくるんです。疲れてるのに、夜、眠れないんです。ここにくるのが辛いんです」
トラウマというのは少し遅れてやってくるのか。
彼は宣言通り、退職した。みんな、どうせ辞める辞める詐欺だろとせせら笑っていたが、そうではなかった。おれも彼のことは好きではないけれど、新天地では幸せになってほしかった。