『ボルベール<帰郷>』
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『ボルベール』は『オール・アバウト・マイ・マザー』の監督脚本、ペドロ・アルモドバルによる2006年のスペイン映画。本作品でも、監督と脚本を担当している。脚本は実に巧みで、『オール・アバウト~』を彷彿とさせるものがあった。物語も、まだまだ捨てたもんじゃないと思わせてくれる、素晴らしい作品である。
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映画は墓地のシーンから始まる。ライムンダ(ペネロペ・クルス)は火事で亡くなった両親の墓を掃除している。どの国でも、墓所をきれいにしておくことは大事なことなのだ。最近はパンデミックの影響をモロに受け、埋葬もままならないと聞くが、それはさておき。
ライムンダはお墓の掃除をしたあと、年頃の娘パウラと、温厚な姉とともに、伯母の家に寄る。伯母は軽度の認知症である。ここでのやり取りで、複雑な家族関係の一端を知ることができる。ライムンダは伯母を引き取って面倒を見たいようだが、夫がいて難しい。伯母の家の向かいに住む坊主頭の女性に、伯母の様子を見てくれるよう頼む。坊主頭の女性は快く承諾する。助け合うことを苦にしない、善良な人たちなのだ。坊主の女性はライムンダとの会話中、自分で栽培したハッパを吸っていた。スペインらしい光景である。日本では考えられない。
一方、ライムンダの夫パコは失業して家で飲んだくれていた。TVでサッカー中継を観ながらビールだ。娘のパウラによからぬ想いを抱いている。仕事もなく、家にいて、その想いは抑えきれないものになったのだろう、パコはある日、娘に言い寄る。もちろん、パウラは拒絶、包丁を手に取るものの、パコは怯まない。性的人間は絶対に、引かないものだ。性に忠実なのだ。結局、それが命取りとなる。
ライムンダは事態を知ると、隠ぺいすることに決める。
とはいえ、彼女はプロでもなければ、快楽殺人犯でもない。一般女性が娘のために夫の遺体を処理するわけだが、雑で、適当で、危うい。観ていて、ハラハラする。美熟女ライムンダは感情的なタイプで、科学捜査の常識などまるで気にしないので、明るい未来を想像することができない。もしかしたら、薄幸な母娘が更に不幸になる物語を観ることになるのかもしれないと身構えたが、事はそんなに単純ではなかった。
要するに、一筋縄ではいかない映画なのだ。視聴後も余韻があって、男に虐げられた女性たちに安らぎを与えてほしいと心から願わずにいられない。ラストの「幽霊は泣かないのよ」というセリフ、蛇足だけど頭に残る。
スペインの田舎は挨拶のキスがとてつもなく多いらしく、劇中では、キスの嵐だった。会うたびに、チュッチュしている。すごい。