上空でクロール

雑記ブログ。目標は100000記事。書きたいときに書き、休みたいときは休む。線路は続くよ、どこまでも。

『はじまりのうた BEGIN AGAIN』2014年アメリカ / 監督 ジョン・カーニー / キーラ・ナイトレイ×マーク・ラファロ

登場人物

グレタ
英国人シンガーソングライター
(キーラ・ナイトレイ)

ダン
落ち目の音楽プロデューサー
(マーク・ラファロ)

デイヴ
ミュージシャン
(マルーン5のアダム)

最近当たり映画をよく引くので毎日が楽しいです、という話はさておき…


『はじまりのうた』はNYを舞台にした音楽映画。その手の作品はクラシックであれ、ロックであれ、ポップスであれ、ヒップホップであれ、音楽の力を知らしめてくれるかどうかで評価は分かれる。



個人的な話で申し訳ないが、ぼくはメタルが好きなので、正直、ポップスとは相性がよくない。マルーン5…うーん…買ってまでは聴かないかなぁ…漢らしくないし…というのが、嘘偽りのない本心だ。でも食わず嫌いはよくない。
たまにBABYMETALも聴くようになったし、漢らしくなくても、いけるはずだ。『ヘドバンギャー!!』は最高である。ばんばんばばん…



話を元に戻す。


我らが主人公グレタは頑固で、スターになりたいわけではない。自分の音楽を愛していて、とても大切にしている。冒頭、友人に無理やりステージに上げられ、歌を披露するが、おずおずしていて、客受けはよろしくない。

ただ1人…

落ちぶれた音楽プロデューサーのダンは違った。グレタに可能性を感じた。金の卵だと思った。彼がやさぐれていて薄汚いのは、私生活が乱れているからだ。

妻子と別れ、酒に溺れる日々。数時間前には飲酒運転をして出社。自分も設立に関わった会社を解雇され、お先真っ暗。負け犬の人生だ。グラミーの栄冠に輝いた過去を持つが、そのときのトロフィーは質に入れ、結局、酒代に消えた。

そんな男が、グレタのしんみりした曲にKOされる。バラードに酔いしれる。ダンの音楽への情熱と人生の悲哀を、曲が引き立てる。しかし、音楽を言葉にするのは、異様に難しい。


演奏が終わると、ダンはグレタをスカウトする。落ちぶれたプロデューサーと真摯な歌い手が、ここで出会う。本編開始から20分。悪くない。

2人の音楽活動がどのような道をたどるのか。成功から失敗までの範囲は広く、様々な結末があり得るが…


ところで、グレタの恋人だったデイヴ(マルーン5・アダム)の歌唱力はさすがと言うほかない。グレタのほうは素人っぽさがあって、本作品には合っている。ダンはそういうところに惚れ込んだのだ。


ダンは早速デモ作りを企画する。クビになった会社に乗り込んで、かつてのパートナーに制作費を無心するも(当然)断られる。これでは、スタジオを借りることもできない。


ダンはそこで一計を案じる。


PCと編集ソフト、マイクさえあれば、デモではなく、アルバムを作ることができるはずだ。ステージはNYの街角。街の喧騒は効果音だ。演奏は暇なミュージシャンに頼む。

ダンの無謀とも言える計画は軌道に乗る。グレタとダンの心の傷は徐々に癒えていく。恋に発展しそうで、発展しない。ここらへんのバランス感覚は見事だ。


ラストも実によかった。成功・失敗ではなく、個人の意志の力を感じた。今の時代、やる気さえあれば、でかい会社に依存しなくても、世界中の人々に魂を届けることはできる。もちろん、受けることは稀だろうが、芸術とは元来、そういうものではないだろうか。


大切なのは、それが好きかどうか。

ただ、それだけのことだ。


『最高の人生のつくり方』2014年アメリカ / 監督 ロブ・ライナー / マイケル・ダグラス×ダイアン・キートン

登場人物

オーレン・リトル
不動産の営業マン
(マイケル・ダグラス)

リア
オーレンの隣人
(ダイアン・キートン)

サラ
オーレンの孫
(スターリング・ジェリンズ)

アーティー
リアに想いを寄せるカツラの男
(ロブ・ライナー)




ダイアン・キートン出てんのか、久しぶりだなぁと思って視聴した。正直言ってストーリー的にはよくありそうな感じだし、『最高の人生の見つけ方』のようなテイストなんだろうなと予想。
その“最高”も、今回の“最高”も、監督はロブ・ライナーだ。


要するに、全然期待していなかったのだが、全く期待外れというわけでもなく、いい意味で肩の力を抜いて観られる、大人のメルヘンだった。


マイケル・ダグラスが偏屈なおっさん役を実にうまく演じている。ブラック・ジョークも、抑え気味で、不愉快にならない。ターゲットは確実に大人世代である。老人二人が主人公ということもあり、全体的に落ち着いている。


本作品はオーレンとリアのロマンスがメインになるけれど、オーレンの孫の存在も重要だ。疎遠だった息子がいきなり連れてきた孫娘である。二人は孫の面倒を見つつ、距離を縮めていく。我が国のような超高齢社会では、共感を呼ぶかもしれない。60歳を超える二人の、ちょっとした濡れ場も用意されている。


本作品が素晴らしいのは、老いて尚、やりたいことをしたり、恋をしたりすることである。人は死ぬまで人として生きるわけで、人として生きるということは、社会の中で他者とともに、生き抜くということにほかならない。どうせ生きていくなら、みんなで楽しく過ごしたほうがいい。そう、オーレンとリアのように。



※もう一つの“最高”の感想
kaigodays.hatenablog.com