ウィーンの密使
マリー・アントワネットはハプスブルク家の出身である。兄は神聖ローマ皇帝ヨーゼフ二世。母は女帝マリア・テレジア。神聖ローマ帝国消滅前夜の激動の時代である。
オーストリアの青年貴族ルーカスは祖父の仕えるトスカナ大公レオポルト(後の神聖ローマ皇帝)より、直々の使命を承る。レオポルトはヨーゼフ二世の弟であり、アントワネットの兄でもある。ルーカスに対して、ハプスブルク家のためにフランスに赴いて、アントワネットの言動を制御し、王妃の責務を全うさせてほしいと言う。
ルーカスはフランス侯爵の血も引いていて、アントワネットの幼馴染みでもある。彼以外にレオポルトの依頼をこなせる人物はいなかった。
マリー・アントワネット
本作品の中心はもちろん、マリー・アントワネットだ。国民のことなど考えない身勝手な王妃と描かれている。国民には相当嫌われていた。本書では、ルイ十六世を思い通りに操りつつ、愛人とのロマンスに浸っている。革命期でも、国民に寄り添おうという思いは込み上げてこない。わがままなお嬢様がそのまま大きくなっただけの王妃は、周りに多大な迷惑をかけていることにも気がつかない。ルーカスがフォローしようと躍起になっても、どうにもならない。
もちろん、運もなかった。
この時代でなければ、もっとフランスが豊かであれば、焚き木一本のために行列に並んで凍死する人が出るような時期でなければ、いや、ルイ十六世が武断の王であったならば、あるいは、王妃も無事だったかもしれない。歴史上、アントワネットよりひどい悪女は茹だるほどいる。ルイ十六世など、かなりましなほうである。
ナポレオンの登場により革命は終わり、神聖ローマ帝国は消滅する。ナポレオンは敗北したのちも英雄として語り継がれていくが、汚名を着せられた王妃は、未来永劫、名誉が回復される見込みはない。
おわりに
本書の結末は予想外だった。ルーカスの行動は青年特有の爽やかさと甘さの発露であり、好感が持てたけれど、まさかそれがそうなるとは…的な終わり方で、どこかに取り残された気分になった。