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雑記ブログ。目標は100000記事。書きたいときに書き、休みたいときは休む。線路は続くよ、どこまでも。

佐藤賢一『傭兵ピエール』集英社


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傭兵ピエール

簡単に言うと

傭兵隊長ピエールがオルレアンの乙女ことジャンヌ・ダルクを扶け、救おうと試る物語。

ピエールと傭兵集団

傭兵は戦時こそ雇われて戦うものの、平時は強盗団にもなり得る。物語の舞台である15世紀のフランスにおいても、それは変わらない。弱い者をいじめ、掠奪に勤しみ、暴行に興じる。

とはいえ、傭兵集団は一つの社会であった。行くあてのない孤児が下働きをしたり、後家さんが傭兵の愛人になって料理を担当したりもしていた。行いは決して褒められたものではなかったけれど、彼らが生きていく上では必要なことだった。

傭兵団は隊長によってカラーが異なる。ピエールの率いる集団は軽口と笑いが絶えなかった。恐怖とプレッシャーで抑え込むようなやり方ではなかった。やることはひどいのに、ほのぼのとしている。

ピエールの出自

ピエールは大貴族の私生児として育てられた。平時ならば、私生児とはいえ、それなりの階層に属することができたかもしれない。しかし、当時のフランスは混乱していた。大貴族とはいえ、政争・戦争に負けたら全てを失う。ピエールは父と戦場で生き別れ、その後は傭兵に拾われ、自身も傭兵となった。戦時は傭兵として、平時は賊として生きるようになった。略奪に明け暮れる日々である。オルレアンの乙女ことジャンヌ・ダルクに偶然会わなければ、彼の人生は荒んだまま終わったことだろう。

ピエールの視点

当時の世界はピエールの言動を通して描かれる。その名がタイトルになっているから当然だが、ピエールの過去の描写は分厚く、活躍する場面もたくさんある。主人公だけに勇敢で、武技に秀で、弱い者には優しく、仲間に慕われる漢である。この時代の傭兵というのはどうしようもない荒らくれなのだが、ピエールの隊なら楽しそうだと思わせてくれる。

ジャンヌ・ダルク

村娘ジャンヌの存在そのものが奇跡である。もちろん戦の経験はないし、知識もない。神の使命を果たすために、彼女は立ち上がったのだ。神のために戦うのだから、敵の矢は当たらないと本気で思っている。そのため、やみくもに突撃しようとするなど、滑稽な動きを見せる。それでも兵を苛立たせないのは、彼女自身の魅力による。ピエールを始めとする獣みたいな傭兵どもに慕われる何か。ジャンヌ・ダルクはそれを持っていた。彼女を厭わしく感じていたのは貴族の面々であり、アングル軍などの敵であった。敵軍は彼女のことを魔女と決めつけた。

ジャンヌの存在は作中でも一際輝いていて、ピエールと初めて戦場に赴いたときは、可憐な個性を発揮する。勝ち戦とはいえ白兵戦で、過酷だっただろうが、軽妙で、ひょうきんな描写が散見される。ピエールの馬が欲情して、ジャンヌの馬と交尾するシーンなど、思わず笑ってしまった。

但し、衆知の通り、ジャンヌ・ダルクの勢いは続かない。ピークはランスにおける戴冠式であった。王太子シャルルをフランス国王に押し上げて以降、彼女は急速に輝きを失う。

守備隊長

ジャンヌの下を去ったピエールは紆余曲折あって、田舎町の守備隊長となる。部下の傭兵たちも町の娘と結婚するなどして、堅気の仕事に精を出す。ピエールは町の人々に受け入れられ、名士になる。平和で長閑な日々の中、彼らはうまい酒を酌み交わす。束の間の平和だが、それだけに平和のありがたみが、より伝わってくる。


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おわりに(ネタバレ)

読んだあとに、色んな思いが立ちのぼってくる。

胸踊る冒険譚、事件に次ぐ事件、笑いあり、悲しみあり。人は強くもあり、弱くもある。登場する人物たちはみんなキャラが立っていて、生き生きと立ち回っていた。

個人的な解釈だと、快男児ピエールは大活躍した結果、政治システムの末端に組み入れられ、気づいたときにはそこから抜け出そうとする気力さえ失せていて、単なる駒として使われ続けることを宿命づけられた存在となる。

とはいえ、駒になれるだけすごいのだが、どうなんだろう。英雄になってみないと、彼の気持ちはわからないのかもしれない。