CAST
デボラ・リップシュタット
ユダヤ人歴史学者、大学教授、専門はホロコースト
(レイチェル・ワイズ)
デイヴィッド・アーヴィング
イギリス出身の歴史家、ホロコースト否定論者、ナチス信奉者
(ティモシー・スポール)
COMMENTS
ホロコースト否定論とは、ホロコーストはなかったとする主張だ。個人的には、アーヴィングはホロコースト修正論者だと思うのだが、それを言い出すときりがないので、便宜上、否定論者として扱う。
劇中のデボラ・リップシュタットの講義を参考にして、否定論者がホロコーストを否定する根拠をまとめると
1.全ヨーロッパ在住ユダヤ人に対する、ヒトラーによる虐殺命令はなかった。
2.ユダヤ人の犠牲者数は約600万人とされるが、実数はずっと少ない。
3.ガス室などの殺戮施設は、建設されなかった。
「え?」って感じの主張だが、本作品は実話に基づいた映画である。ホロコースト否定論は実際にあったし、アーヴィングも実在する。
否定論者は、ユダヤ人が不当に賠償金をせしめて、イスラエルを建国したと言う。とにかく、ユダヤ人のことが気に入らないのだ。ヨーロッパにおける反ユダヤ感情は根深い。
アーヴィングは歴史家ということだが、ナチス信奉者の立場で著述し、発言する。少なくとも、学者としては失格である。だが彼のような、真理に背を向けた知識人はけっこういる。学があるだけに、厄介である。やっていることは、炎上商法だ。世間を騒がせ、名を売る、金を得る。そのためには、ホロコーストをねじ曲げて伝え、ネオナチの前で演説する。デボラの講演に出席して、暴論をぶちまける。
デボラはある著書の中で、アーヴィングはホロコースト否定論者であり、〈史料を捏造〉しているとして非難した。炎上商人アーヴィングがそれを見逃すはずもない。名誉を毀損されたとして、イギリスで裁判を起こす。
イギリスの名誉毀損裁判は特殊で、訴えられたほうに証明責任がある。つまり今回の場合はデボラ側に、アーヴィングの名誉を毀損していないことを証明する義務が生じる。
わかりやすく言うと、“アーヴィングが〈史料を歪曲〉し、ホロコーストの否定を自著で展開した”ことが証明できれば、名誉毀損にはならない。
そのために、デボラは膨大な時間と金を費やすことになる。
一言でユダヤ人といっても、金持ちの穏健派もいれば、収容所経験者もいる。それぞれに思惑はあるけれど、デボラは後者に近い。ホロコースト否定論者と対決となれば、熱くならないわけがない。
そんなデボラを優秀な弁護団が、あるときは抑え、またあるときは支え、戦う。デボラは彼らの戦略に何度か疑いを抱くが、最終的には信頼して委ねる。彼らの間に絆が生まれる。実に清々しい。
一方、アーヴィングはヒールだ。ヒトラー信奉者で、反ユダヤ主義者で、レイシストである彼は、現代社会においては完全に悪だ。
彼はかつて、収容所からの生還者を侮辱した。収容所の間取りを細かく尋ね、誤りがあると、嘘つき呼ばわりした。その人の苦難を嘲笑い、否定した。生還者の腕にある、収容者ナンバーの刺青を見て、戦後これでいくら稼いだかと訊いてバカにした。
多くの観客はアンチ・アーヴィングかもしれないが、彼には少なくない支持者がいる。アーヴィングが歴史家として生きてこられたのは、支持されていたからだ。
時として、人は善悪より、好悪で動く。