上空でクロール

介護福祉士による雑記ブログ。主に、映画・本・時事。目標は1000記事。書きたいときに書き、休みたいときは休む。線路は続くよ、どこまでも。

『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』 2008年アメリカ / 監督 デヴィッド・フィンチャー / ブラッド・ピット×ケイト・ブランシェット


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今週のお題「理想の老後」

正直に言えば、健康的で文化的な老後が理想ですが、ベンジャミン・バトンの送ったような老後も、けっこう恵まれているのではないかと、今回、映画を観返してみて思いました。

ベンジャミン・バトン 数奇な人生』とは、第一次世界大戦直後に、老人の姿で生まれたベンジャミン(ブラッド・ピット)と、幼なじみのデイジー(ケイト・ブランシェット)による物語である。


感想

激動の時代を背景に、ベンジャミンの人生を追っていく。あらためて言うと、恥ずかしいが、これはベンジャミンとデイジーの愛の物語である。 一般的なカップルと異なる点は、ベンジャミンの歳のとり方にある。

ベンジャミンは始めのうちは老人だけれど、日に日に若くなっていく。反対にデイジーは我々と同じように、時間の経過とともに老けていく。

出会った時点で、ベンジャミンは老人で、デイジーは小学校入学前の少女だった。
二人は年月を経て、より親密になる。
一周回って恋人になる。

結ばれる前の二人は、それぞれの人生を懸命に生きていた。

ベンジャミンは父親に、老人の姿を忌諱され、老人福祉施設の階段に捨てられたものの、施設で働く女性に拾われ、愛され、育てられた。
その後、日雇いの船乗りになるが、今度は、面倒見のいい船長にかわいがられた。
ベンジャミンの周りにいるのは、好き勝手に生きる享楽的な人たちだが、差別はしない。

ベンジャミンも、周りを拒まない。彼を捨てた、金持ちの父が、父であることを隠してやってきて酒場に誘う場面。ベンジャミンはさしたる疑念も抱かないで、ついていく。そういう人だから、他人と一緒に楽しむことができるのだろう。

話は変わるが、ベンジャミンと関係を持つ、人妻エリザベス(ティルダ・スウィントン)はスタイルが素晴らしい。長身で細身の人は実に映える。エリザベスはのちに夢を叶える。思わず、にやりとなるシーンだが、それはさておき…

エリザベスとの情事にハマっていた頃、ベンジャミンは見た目、初老のおっさんだった。それが、デイジーとくっつく頃には、ブラッド・ピットそのもの、つまりイケメン青年になっている。

イケメン・美女のカップルは幸せな日々を過ごす。“ピクニック”のような毎日を送る。食べたいときに食べ、寝たいとにき寝、遊びたいときに遊ぶ。まさに、“食う・寝る・遊ぶ”。羨ましい限りだが、残念なことに、長続きはしない。デイジーの妊娠・出産が引き金となって、二人の人生は次のフェーズに向かう。

ベンジャミンは、日毎に若返る自分が父親になれるはずがないと思う。子供が子供の面倒を見られるか? デイジーに子供二人の世話をさせるのか? 彼はデイジーと子供の前から去る決意をする。

結局、理由は違えど、事情は異なれど、ベンジャミンは父と同じく、子供から離れることになる。

父子の物語を繰り返す手法と、物語のちょっとしたズレが、ベンジャミンを際立たせる。

ズレとは、たとえば

子を捨てた父 / 子の前から去る父
醜い男の子 / 健康な女の子
死後に財産を譲る父 / 生前に財産を分与する父
施設で育てられる子 / 豊かな家庭で育つ子

といった感じである。その“仕掛け”の全容が明らかになると同時に、終わりの扉が見えてくる。



最終的に、少年になって、認知症を患ったベンジャミンは役人に保護される。老デイジーは報せを受け、彼の世話をするようになる。出会った頃とは、見た目が反対だ。出会ったときの二人は、老人と少女だった。

老人と少女より、老女と少年のほうが絵になると思うのは、ぼくだけだろうか。