何を食べるか、考えるとき。
すなわち、選択の時間。
外食か、テイクアウトか
さっぱりしたものか、こってりしたものか
洋食か、中華か
鮨か、うどんか
ピザか、ラーメンか
我々は何でも選ぶことができる。
自由だ。
食べたいものを考えられること
食べたいものが食べられること
食べて満足できること
あたり前すぎて、もはやありがたみも感じないことだが、昔の庶民はそういう生活を送ることさえ難しかった。みんな、貧しくて。
もちろん、国も貧しかった。
また、世界も狭かった。
たとえば、江戸時代、田舎の百姓はラーメンを食べたいなんて、考えることすらできなかった。ラーメンの存在を知らないからだ。
現代日本において、ラーメンは日々進化し、バラエティに富んでいて、ぼくのような素人では満足に語れない。
語るに足る知識もない。
好きというだけだ。
家系も好きだし、素朴な中華そばも好きだ。
ラーメンと言うと、一つ、思い出す映画がある。